またまた更新が滞っていてすいません。今年も本日を含めてあと2日。

今日という日にこちらの投稿もどうかなと思いましたが、入江さんへの敬意を表したくて…投稿します。

 

12月9日。師走の慌ただしさへ季節が移ろい始め
人々の表情に忙しさとともに根拠のない高揚感のようなものが現れ始めるこの季節。
自分の気持ちがどんどん反比例していくような気分が拭えない
そんな天邪鬼な自分に付き合うのももう何年目になるでしょうか・・・

そんな気持ちを心の底に横たえながら入江杏さんが主宰される
「ミシュカの森 2017」に参加して参りました。

会場は慶應大学(三田キャンパス)。初めて訪れました。大学ってとても華やかな場所なんですね…若いエネルギーに満ち溢れてて。

 

「ミシュカの森」は
2000年大晦日に起きた世田谷一家殺人事件のご遺族入江杏さんがご家族への追悼の意をこめたささやかな語り合いの場として始まった会。喪失と再生をテーマに多方面で活躍される入江さん。様々な活動を継続される中で、事件のあった毎年12月には広くこの活動を知ってもらうため多方面からのゲストスピーカーをむかえてイベントを開催しています。今年のミシュカの森は小児科医の細谷亮太先生がゲスト。暮しの手帖で連載されている「いつもいいことさがし」でなんどもその文章の柔らかさに惹かれていた先生が登壇されるとあって、今年初めて参加させて頂きました。

 

右側の書籍「悲しみを生きる力に」。たくさんの方に読んでもらいたい1冊。中央の冊子の入江さんの写真。カメラマンは石井麻木さん。たしか昔ライブに行ったバンドの写真を撮影した方だと思ったのですが・・・やはりそうでした!すごい、シンクロ。

「ミシュカの森」については
私からの情報では正確に伝えきれない部分も多いと思うのでご興味のある方はフェイスブックなどをチェックしてみてくださいね。

ミシュカの森

 

イントロダクションは
ミシュカの森の活動を理解していただくための入江さんからのお話。過去の報道番組やインタビュー、取材の様子の映像を見る時間があるのですが…入江さんがカメラの前で話をする映像は筆舌しつくせない悲しみや怒り絶望の中からの人間の再生を体現していて…本当に胸がつぶれるような思いでした。
私は途中から自分の気持ちのやり場に困ってしまい、どこか遠くでその話を聞いているような軽い離脱感覚がありました。

たぶん本能が自己防衛したのではないかと思います。

そして今年のミシュカの森の主役、細谷亮太先生の登壇です。
初めて実物の先生を拝見しましたが・・・

なんていうかドクターなのにお坊さんの様なお顔をしていらっしゃいます。

「ああ、この先生なら子供たち怖くないなぁ。旅立ちの時も怖くないだろうなぁ」と。

スライドに映し出される先生直筆のパステル文字が何とも優しくて

子どもに寄り添い、

またそのご家族に寄り添い続ける細谷先生の言葉を聞いていると

例え人生というものが終わってしまっても

命というのは続いていて、輝き続けるものなのだということが

私にも少しわかってきました。

 

いままでは

そんなこといわれても死んだら終わりだなぁ…

なんだかんだ言ってももうここにはいないじゃないの…

そんな気持ちの方が強すぎて

「ここにいるよ」「そばにいるよ」っていう故人の想いを

受け止めきれてなかった気がします。

それでは故人が生き続けられませんよね。。。

 

これからは

もう少し踏み込んで考えられるようになりそうです。

 

そして入江さんが紹介してくれた

「人生はその長短にかかわらず全きものである」

この言葉も更に胸に深く突き刺さりました。

「どんなに短い命でもそれは不完全なものでなく全き円である」

なんて美しくて尊い言葉なんだろう・・・

 

奪われた命…かもしれないけれど

でも中途半端に汚されたわけではなく

完全なまる、全き円だと。。。

 

 

涙を拭いて立ち上がれ、前へ進め・・・

いままではずーっとそうやって生きてきました。

でも、最近、変わってきた自分。

 

悲しいことはちゃんと悲しもう

悲しいことは悪ではない

つらいときはつらいって言おう

 

 

このタイミングで

11月の久保田先生との再会と

今回のミシュカの森~入江杏さんとの出会いは

私の今後の活動や人生の礎となりそうな大きな体験でした。

 

今後の自分の人生のミッション・・・

おぼろげながら輪郭がみえてきたような気が?

 

それについてはまた新年にでも・・・

(かけるかな?)