先日のこと

いつものようにご利用者と歩行訓練をしていました。

 

その時、他のご利用者がトイレから出てきたのですが

 

少しふらついていたので危険だと思い

 

訓練中の方には一旦座っていただいて

 

もう一人の方へ駆け寄って、

 

トイレからでてくるのを歩くのを手助けしました。

 

そこへ他の職員も駆け寄ってきたので

 

トイレからの移動の介助はその職員に引継ぎ

 

私は訓練をしていたご利用者のもとへ戻りました。

 

 

注・本来サービスの質を向上させるために施設では接遇の上では走ったりしてはならない、とされていますがなかなか現場では難しく・・・お恥ずかしいのですが職員は常に走り回っているのが日常です

 

そして歩行訓練の再開です。

 

この方は立位バランスが悪いので度々転倒を繰り返しています。

ご本人とご家族からのニーズを踏まえた

リハビリの目標は「歩行の安定」です。

 

そして訓練中にその方からこんな一言

 

「先生はいつも溌剌として身軽でいらっしゃる・・・」と

 

淡々と歩く先を見つめながら

 

無表情のままそうつぶやきました。

 

それを聞いた私は

彼女が自分のリハビリが中断され

担当がどこかへ走って行ったりして

慌ただしくて不快だったかしらと思ったので、

 

「騒々しくてごめんなさい。」と謝罪しました。

 

 

ところが彼女が

 

「そうじゃないのよ」と

 

静かに、でもはっきりとした口調で言いました。

 

「そうじゃないのよ。

先生が素早くあちらの方に駆け寄るのを見ていたら

まるで空でも駆けているみたいに軽やかで…

颯爽としていて・・・いいなぁ・・・って」

 

「・・・信じられないかもしれないけど、

今の私からは想像もできないことだと思うけれど

そういう時もあったのよ」

 

一瞬、心がチクリとしました。

 

「あぁ、目の前の人に寄り添えてない」

 

訓練を終えて

車いすに座っていただいて、

彼女の正面に向かって座り声をかけました

 

「ねぇ、○○さん。

私、いつも○○さんを元気づけたくて

少し張り切りすぎてるかしら?

○○さんにもリハビリ頑張ってほしくて

応援するつもりで元気いっぱいに声をかけたりしているけれど、

それは○○さんにとっては

ちょっとつらい気持ちになることもあるのかしら?

もしそうだとしたら本当にこれまでの事を謝りたいし

これからどうすればいいか考え直さないといけないですね」

みたいなことを言いました。

 

すると彼女は

「違うの違うの。先生、元気でいらして。あこがれよ。」

「そのままで、ね。大丈夫なの」

「ただ私も昔は出来たのにって言いたくなっちゃったのごめんなさいね。」

 

とすまなそうに

でも雰囲気が重苦しくならないように

肩をすくめて笑顔を作って応えてくれました。

 

「先生、また、よろしく願いします」と彼女。

 

「ありがとございました。また来週頑張りましょうね」と私。

 

車いすを押しながら

来週からはもう少し彼女のペースを大事に

コミュニケーションも工夫してリハビリしてみようと

心に誓いました。

 

 

 

でも

 

「また来週」は

 

訪れませんでした。

 

このやり取りが彼女との最後の会話となったのです。

 

 

リハビリは辛くて苦しいものです。

受傷(障)して間もない場合や

若い方で体力がある場合は

辛さが報われることも大いにありますが

 

障がいが固定し

プラトーとか慢性期とよぼれる時期になると

変化はごくわずかであり

そこに年齢が加われば機能低下は否めません。

 

機能低下を少しでも緩やかに

進行速度を少しでも遅らせる

 

そんな消極的な目標達成にとどまってしまうのが現実なので

 

リハビリを受ける方のモチベーションは低いことが多いのです。

 

 

「元気出して」

「まだまだできるよ」

「大丈夫」

 

そんな安易な台詞を毎日何回と発信している私です。

 

 

高齢者は介護を必要とするようになると

デイサービスなどを利用します。

デイサービスでは・・・

 

体操を頑張る

リハビリを頑張る

ゲームを頑張る

作品作りを頑張る

脳トレを頑張る

 

頑張る頑張る・・・

 

何歳まで頑張ればいいのでしょう

 

彼女は間もなく90歳になる高齢で身体も虚弱でした。

 

そんな体に鞭打ってリハビリすることが

大事なことだったのでしょうか。

 

もちろん、

リハビリの目標は歩行を安定させることだったので

私たちはリハビリをすることでお金を得ている以上

目標達成に向けてリハビリサービスを提供しなければならないので

こちらも必死です。

 

でも

 

「そのままでいいですよ。何かやりたいことはありますか」

 

そう声をかけて

手をさすりながら

おしゃべりをしている時間がもっとあっても

よかったのではないでしょうか。

 

 

手をさすりながらおしゃべりすることが

価値あることだと胸を張って説明でき

サービスとして成り立つことを

サービスを提供する側、受ける側の双方が納得できないと

 

あのスタッフは

「ずっとおしゃべりをしている」

「さぼっている」

・・・そんな風にとらえられかねません。

 

 

アロマテラピーを用いたかかわりは

この点に風穴を開けられるかもしれない。

そう思って

アロマタッチプラクティショナーになり

アロマセラピストになりました。

でも現実には

アロマテラピーやタッチングが

有償のサービスとして成り立つことが

スタンダードにはなっていません。

(ボランティアは「大歓迎」なんですけどね)

 

プロフェッショナルのためのアロマテラピーという書籍の中に

こんな言葉が記されています。

 

「私たち全員専門的な技術がありますが、

誰かの手を10分間握ることが

どれくらい大切かということを忘れています」

1990年代のある看護師へのインタビューの中の言葉

 

 

サービスの質を向上させるために

専門家が専門的になればなるほど

なぜか対象者を一人の人間としてとらえることが難しくなってしまう

 

そんなジレンマに陥っている

コメディカルのスタッフは多いのではないでしょうか。

専門性を活かしつつ

しっかりと目の前の人に寄り添う

ホリスティックな視点を忘れてはいけないのだと思います。

 

 

 

 

 

リハビリやりたくないっていう人が居れば

 

「頑張れ、がんばれ」

 

これからも

 

心がチクリとしながらも

 

車いすの人の前で

 

バタバタと走り続けてしまうんだろうな。

 

20年以上やってきてこれだもの。

 

わたしがやってるリハビリってなんだろう。。。